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1
2005年 07月 31日

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 その事故──性質としては『事件』と言うべきかもしれない──は、どの新聞にも大きな見出しが踊ったからよく憶えていた。実はその年、もうひとつ『若者による怪事件』が起こり、舞台は両方とも渋谷だったし、もうひとつのほうは、僕も関わっていたのだ。
 やたらと乳の大きい博美の恋人である健成の、特攻隊ばりに派手な『あり得ない』自殺の二ヶ月ほど前のことだ。僕が珍しく出席していた人格心理学の講義の最中、教室に男が乱入して、手に持った銀色に光る『何か』を振り回し、わけの分からない叫び声を上げながら暴れ回った。ちょうどその頃、渋谷では刃物男による通り魔事件が話題になっていたせいもあり、女子学生の多くが悲鳴を上げながら教室の出口に殺到し、ちょっとした混乱になった。偉そうに講義をしていた老教授は、大口を開けた間抜け面で教壇に立ちすくみ、人格心理学という学問が、現実に対しては無力な机上の空論であるという証明をしていた。机上の空論。ありていに言えば、意味がない、役に立たない、ということだ。
 僕は、かつて一世を風靡した、ザ・ドリフターズのコメディ番組を思い出していた。冒頭のコントの落ちで『ドリフ見習い』というテロップとともに若い芸人がブルース・リーのような雄叫びを上げながら登場し、ステージを駆け回り、何もかもがめちゃめちゃになる、あのシーンに似ている気がした。あの『ドリフ見習い』を志村けんだったと勘違いしている人が多いが、それは違う。彼はすわしんじだ。面白くもない名前。すわしんじ。
 しかし、のんびりとドリフターズを回想している場合ではなかった。乱入男は、こともあろうに高校時代の同級生だった。僕は、こんなところで正義の味方を演じなければならないことにうんざりしながら仕方なく立ち上がり、彼の許へ歩み寄った。男の手首を背後から掴み、銀色の『何か』の動きを止め、耳元で声をかけた。
「秀(シュウ)、久しぶりだな。憶えてるか」
「あ?」
 驚いた表情で振り向いた青木秀次は、数年前と同じ、色白でぶよぶよとした顔だった。
「前川…前川朔(ハジメ)か?」
「ああそうだ。憶えていてくれたか。でもお前、なにやってんだ」
「俺はこの学校が嫌いなんだ。幼稚園からずっと通ってたのに、高校を卒業させてくれなかった。大学にも上がれなかった」
「それはお前の頭が悪いからだろう? 金持ちのぼんぼんの、ただの甘えじゃないか」
「黙れ。お前に何が解る」
「解らないし、解りたくもないね。意味のない行動をする人間は、軽蔑するだけだよ」
 僕は別にそんなことは思っていなかったが、無駄な言い争いを続けるのは、思ってもいないことを言うよりも面倒くさかった。そして、周囲の男子学生や騒ぎを聞きつけて教室にやってきた大学の職員が『色白でぶよぶよとした顔の』秀次を取り押さえてくれたので、僕はその場を彼らに任せて席に戻り、ノートを鞄に突っ込んで教室を出た。どうせ今日の講義はもう終わりだろう。もはや人格心理学は机上の空論なのだ。ところで、ザ・ドリフターズのコメディ番組では『見習い』乱入の後は女性アイドルが下手な歌を披露すると決まっていたが、秀次が去った人格心理学の教室には、そんな演出はもちろんなかった。
 その後数日は、状況説明を求める学生課や警察から何度も呼び出しを受け、結局、僕は面倒な時間を過ごさねばならなかった。
 騒ぎの最中には気が付かなかったのだが、秀次が振り回していた銀色の『何か』は、カレーライスなどを食べるときに使う大きめのスプーンであったことを、翌日の新聞で知った。校舎の地下にある学生食堂から持ち出したらしい。「スプーン男、大学で乱闘」「退学処分を逆恨みか?」などと興味本位な見出しが並び『色白でぶよぶよとした顔の』青木秀次は、一夜のうちに有名人になってしまった。『スプーン男』という、彼にとって全く有り難くもないキャッチフレーズの流行とともに、先割れスプーンを振り回しながら乱闘を模倣する小学生なども現れて、給食が一時的に取りやめになった学校まであった。事態の成り行きのあまりの馬鹿馬鹿しさに、僕は生きる気力がおよそ二年五ヶ月分くらい減退するのを実感せざるを得なかった。スプーン男。あんまりだ──僕は声に出して言った。




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『運命権』
▲ by Lemon_Kuno | 2005-07-31 01:14 | ■[fragments of prose]
2005年 07月 18日

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 葛西に住んでいた僕は、日本橋で銀座線から東西線に乗り換える。博美は、東武伊勢崎線の終電に間に合うかどうかをしきりに気にしながら、とりあえず日比谷線に乗り換えるため銀座駅で先に降りた。僕は別れ際に、
「もし終電を逃しちゃったら、携帯に電話しなよ」
 と博美に言った。ずいぶんと飲んだせいもあり、大して考えもせずに発した言葉で、電話が来たらどうするのかというのは、何も考えていなかった。そのうえ、葛西駅からマンションまでの暗い道で、間抜けなメロディが近所迷惑な大音量でGパンの尻ポケットから聞こえてきたとき、僕は博美に発した言葉を既にすっかり忘れていたのだった。
「やっぱり終電ありませんでした。竹の塚までしか行かれません。どうしましょう」
 ノイズ越しの博美の声は、ひどく心細いものに聞こえた。実際は、電車の中からなので、周囲に配慮して小声で話しているだけだったのだろう。
 僕は、うーん、と言いながら数秒の間に、さっき、電話しなよなどと言ったことを思い出し、そして後悔した。面倒くさい。しかし何らかの解決策を提案しなければならない。
 結局、今からクルマで迎えに行くから、竹の塚駅で待つようにと伝えて、電話を切った。
 飲酒運転で警察に捕まるのも事故を起こすのもごめんだ。僕はつくづく後悔した。何故、電話しなよなどと言ったのか。何故、タクシーでも拾って帰れと言わなかったのか。ほんとうに、つくづく後悔した。生きた女の乳の存在も忘れて、つくづく後悔した。

 ガムを噛み、ペットボトルのジャスミン茶を飲み、雨にもかかわらず窓を開けて、僕は新車で買ったばかりのオペルを走らせた。少しでも酔いが醒めるように、少しでも酒気が車内にこもらないように、無駄な気遣いだとは思いながらも、やらないよりはマシだろうと自分に言い聞かせた。
 電話で竹の塚という駅名を久しぶりに聞いて、高校時代に付き合っていた千穂のことを思い出していた。僕は、酔って終電を逃してしまった博美を迎えに行くためではなく、千穂に会いに行くためにハンドルを握っているような錯覚に陥った。環状七号線から日光街道へ右折する頃には、酔いはすっかり醒めていたが、これから千穂に会えるのだという錯覚は、事実をしっかりと理解しながらも、なかなか脳裡から消え去ってくれなかった。生まれて初めてのセックスが上手くいかず、千穂と二人で途方に暮れた高校二年の春休みを思い出した。最終的に目的を果たすことはできたのだが、長い時間、全裸で過ごしたため、翌日には二人とも風邪を引いてしまったのだった。

 竹の塚駅のロータリーにぽつんと立っていたのは、当然、千穂ではなく博美だった。小柄で目尻の下がった千穂の姿を思い描いていた僕は、背が高くて〈やたらと乳の大きい〉博美が佇んでいるのを見つけると、ようやく現実に戻ることができた。しかし、甘い追憶の幕切れが博美のせいのような気がして、彼女が助手席に座ると、僕は八つ当たり気味に、
「このクルマ、先週納車したばかりでね。最初に助手席に乗せるのは、好きな女の子にしようと思ってたんだけどね」
 などと言ってしまった。自分から電話しろだの迎えに行くだの言っておきながら、こんな嫌味を彼女にぶつけるのは理不尽だったが、しゃべりはじめると止まらなくなって、
「せめて、彼氏のいない女の子だったら、少しは楽しいドライブになるんだけど」
 と余計な一言まで付け加えてしまった。博美は、ごめんなさい、とほんとうに申し訳なさそうに謝った後、
「でも、どうして彼氏がいるって知ってるんですか?」
 と僕に訊いた。
「その左手の薬指。ずいぶん年季が入ってるみたいだから、長続きしてるんだろうね」
 気まずくならないで会話が続けられたことを内心で博美に感謝しながら僕が言うと、
「ああ、これ──」
 と彼女は左手を自分の目の前に広げながら、長いと言えば長いかもしれません、と独り言のようにつぶやき、俯いた。
 あまり話したくない、という意思表示のようにも見えたので、僕は博美に自宅までの道順を訊くと、黙ってクルマを発進させた。

「彼、実は死んじゃったんですよねー」
 走り出すとすぐ、博美は口を開いた。
「え?」
 僕は驚き、次の言葉が出てこなかった。どういうことなのか、詳しく聞きたいような気もするが、竹の塚から八潮までの十数分で終わるような話だとも思えない。しかし、僕の逡巡をよそに、彼女は簡潔に、業務報告をするような淡々とした調子で語りはじめた。
「自殺したんです、三年前。無免許でバイクを運転してて、ガードレールにぶつかって、手術で両足切断して──その半年後、何もかもめんどくさくなったって」
「それで、自殺?」
「はい。馬鹿なことやって、大怪我して、勝手に死んだ。どうしようもないです、彼」
 博美は笑った。そして彼の大げさすぎる自殺の経緯を、何故か楽しそうに語った。
「彼、あたしの目の前で死んだんですよ。ウチの大学から渋谷に歩いていくと、駅の手前に急な下り坂があるじゃないですか。あそこで、車道を勢いよく車椅子で走り下りて、坂を上ってくる対向車に正面衝突して死んだんです。あり得ないですよねー」
 思わず僕も笑った。〈あり得ない〉なんて、流行りの言い回しで軽妙に語られては、笑うしかなかった。テレビのバラエティ番組で、ゲストのアイドル歌手が面白くもない話をする。司会のお笑いタレントが大げさなツッコミを入れる。話したとおりの文字が、大きく画面に踊る。まるでそんな調子で、博美は恋人の死を語った。僕にしてみれば、そんな軽妙さ自体が、あり得ないよ、とツッコミを入れたくなるような不自然さだったが、悲しみをごまかすため、という感じでもなかったので、ここは笑う場面だったのだろう。
「彼、タケナリっていう名前でした。〈健やかに、成長する〉って書いて、健成。彼にも、彼のご両親にも悪いけど、なんか可笑しくないですか? 全然、健やかじゃないし、成長もしないんですよ、もう──」
 博美の乾いた笑いが涙声に変わり、言葉が途切れた。僕は何も言えなかった。




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『運命権』
▲ by Lemon_Kuno | 2005-07-18 05:53 | ■[fragments of prose]
2005年 07月 16日

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 ピアニシモ。
 悲しげな三連符の、綿綿と奏でられるのを。
 嬰ハ短調のその調べを。

 むらさき色の夕べ、初めて耳にした。いつものようにリビングから首都高速を見下ろしながら、部屋で酒を飲んでいた。僕にしてはめずらしく、しかもかなり早い時間から酔っ払っていて──その日は、僕の書いた小説を編集者に散々けなされて、挙げ句に連載の話がボツになったので、酒がとても不味かったが、無理にでも飲まないと気が済まなかった──、空がダークブルーでないのも、朦朧とした意識のせいだと思っていた。
 怪しい足取りでオーディオ・セットに近づき、アンプに手を伸ばした。ビル・エヴァンス・トリオの枯葉でも聴こうと思って、LPレコードを探していると、すでにスイッチが入ったFMラジオから、ゆったりとした三連符が、天井のボウズ・スピーカーと僕の耳を通り抜けて、いきなり脳髄に滲みこんできたのである。
 僕はアルバムラックの前にしゃがみこんだままのおかしな格好で、動きが止まってしまった。

 悲しかった。ただ悲しかった。涙があふれてくる。
 僕は立ち上がって、今度はしっかりとした足取りで、窓際へ歩いた。血液を、その中にいっぱいに満たしたような赤い月が、東の空にあった。その赤い心臓から血がにじむように、光が溶け出して、空をむらさき色に染めていた。
 真円まであと数日のその歪みが、現在の僕の心と同じだ、そう感じた。何かが足りない。でもその必要な何かがいったいどこにあり、どうすれば僕を満たしてくれるのか、この赤い月と同じように、時間の流れによって、それはやがて訪れるものなのか、僕には知る由もなかった。
 ラジオは三連符をやめていた。「──今日は、去る八月二十九日にSホールで行われました、ピアニスト秋村香澄さんのリサイタルから、ベートーヴェンのソナタ第十四番嬰ハ短調『月光』の第一楽章、アダージオ・ソステヌートをお届けいたしました」

 僕はまだ少し酔っていたが、冷蔵庫からトニック・ウォーターの小壜を取り出し、そのまま一気に飲み干すと、部屋を飛び出した。悲しさで満たすしかない空虚な僕の心を、たとえ一時的にでも癒してくれるのは、彼しかいない。僕はエレベーターも待ちきれず、十一階から非常階段で地下まで一気に走り下りた。待ってでもエレベーターのほうが早いに決まっているのだが、じっとしていられなかった。
 親友は、コンクリートの冷たい床で静かに待っていた。僕はバケット・シートに身をうずめて、深呼吸をひとつしてから、キーを差し入れた。二・七リットルのフラット・シックスが低いうなり声を上げる。三十年あまりも前に生まれたとは思えないほど元気な彼の、純白の身体の横腹には朱色の帯に“Carrera”の文字が抜かれている。ドライビング・グラブをはめて、シュロスの五点式シートベルトをロックする。
「悪いけど、少しつきあってくれないか」ステアリング・ホイールを二、三度叩きながら彼に話しかけ、アクセルを軽く煽った。親友の鼓動が、七千回転くらいまで一気に吹け上がってすとんと静かになると、アフター・ファイアーで「OK」と返事をする。
 ゆるやかなスロープを上って、僕と親友はむらさき色の空気の中へと進んだ。歪んだ心臓はさっきよりも少しだけ高いところから、僕たちを見下ろしていた。

 耳の奥では嬰ハ短調の三連符が、やり場のない悲しみをゆっくりと、しかし確実に僕の心へ積み重ねながら、奏でられていた。親友は別に虚しさを癒してくれようとはしなかった。それでも根気よく、徐々に悲しみで満たされつつある僕の心の呻きを聞いていた。無条件に共感してくれる友がそこにいる、それだけでも少し、救われた気がした。




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『月光』
▲ by Lemon_Kuno | 2005-07-16 03:37 | ■[fragments of prose]
2005年 07月 14日

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 紗織が学校へ行かなくなったのは、高校二年の二学期がはじまって間もなくのことだった。いつも通りに制服を着て朝早く家を出ていたし、夕方のコンビニエンスストアでのアルバイトにもきちんと出勤していたから、しばらくは家族さえ気がつかなかった。四日目に担任教師が自宅を訪れたことによって、無断欠席が発覚したのだ。
 リビングに呼ばれた紗織は、無表情のまま、母と担任教師の前に立つと、首だけをわずかに動かして形式的なお辞儀をした。担任の山崎とは目を合わせなかった。彼が、視線を逸らしたからだ。「沢下、最近学校で何かあったのか?」山崎が興味なさそうに訊く。無理に平静を装っているのが紗織には判ったが、がさつではないがいささか鈍感な母の佳江は「山崎先生も心配して来てくださってるのよ。何かあるんならはっきり言いなさい」と、紗織を叱るような口調で促した。紗織はおかしくて吹き出しそうになった。
 佳江に「アタシ山崎先生に何度も犯されたの、二度も子供を堕ろしたの」と言ったら、どんな顔をするだろう。今ここでそれを明らかにしたら、山崎の反応はどうだろう。小賢しい男だから、ただ否定するだけじゃなくて、インチキくさい心理学用語かなんかを振りかざしてアタシを危険分子に仕立てて、学校から追い出すかもしれない。まあそれならそれで、アタシはかまわないけどね。
 ──五秒ほどの沈黙の中でそれだけ考えると「別に。明日からちゃんと行くよ。先生、お母さん、ごめんね」それだけ言って、今度はしおらしく深々と頭を下げた。薄笑いを浮かべながら。
 山崎はすこし余裕ができたのか、佳江に「むずかしい年頃ですから、ご家庭でもいろいろと気を配ってあげてください」などと言っている。佳江は恐縮しきりだ。いったい何という茶番劇だろう。
 紗織は、二階の自分の部屋に入ってドアに鍵をかけると、勢いよくベッドに倒れ込んで、天井を見上げながら大きく溜息を吐いた。
 山崎に犯されたことなど、ほんとうにどうでもよかった。セックスなんて中学のときに体験済みだし、同級生の不器用な愛撫より、手慣れた山崎のほうが、まだマシなくらいだ。中学のときだって別に「愛し合って」やったわけじゃなくて、ちょっと興味があっただけだし。それに山崎は獣と同じだから、道端で犬に噛まれたとでも思えばいい。ほんとうは、セックスってそういうものじゃないんだろうけど。いずれにしても、紗織の心を傷つけることはなかった。
 でも。紗織は現実に戻って考えた。アタシは今、傷ついている。
 そうだよ、アタシを傷つけたのは──。

 学校で別に何もなかった、というのは嘘だった。
 横になったまま、凪に電話をかけた。呼び出し音を十回聞いて、あきらめて受話器を置いた。もう今夜は帰らないつもりだろう。どうせ母親とも上手くいっていないんだし、とぶつぶつ言いながら、凪が今どこにいるのかを考えた。ちゃんとわかっている。吉崎さんと一緒なんだよね。──そこまで想像すると、不愉快になってきた。
 こんなことをしていてもしょうがないんだ。明日はちゃんと学校に行こう。尚美や美穂子と話せば、すこしは気が晴れるかもしれない。凪──とだって、以前のように仲良くしたい。今回のことも、別に彼女が悪いわけじゃないんだし──考えながら、紗織は眠りに堕ちていった。凪の夢を見た。笑顔の彼女が助手席に乗ったクルマを運転していたのは、絶対に、そこにいてほしくない「彼」だった。




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『分解』
▲ by Lemon_Kuno | 2005-07-14 02:45 | ■[fragments of prose]
2005年 07月 09日

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 どうしてそう思ったのか、うまく説明はできないのだけれど。
 もうすぐぼくは死ぬのではないかと、漠然と感じた。深い、限りなく深い緑色の海が、心の中にひろがりはじめていた。ぼくの手も足も、もはやぼく自身のものではなく、どこか別の空間を漂っているようだ。そしてただ、ぼくの目だけがしっかりと、闇を見据えている。概念にすぎない「死」の体躯が鮮明に浮かび上がった闇──。
 切実に、死にたいと思うわけではない。むしろ生き続けていたい。
 それなのに、ぼくの心を常に支配しているのは、腐って崩れ落ちるぼく自身の肉体と、脳、そしてそれが快楽への入口なのではないかという期待感、それだけだ。

               *

 屋上に出ると、風が吹いていた。
 まるで生気が感じられない郡山の小さな街は、重たい灰色の雲に覆われていた。オレンジ色の空気の彼方には、すっかり白くなった山々が連なっている。特に感慨はない。ただ、風が心地よいだけだ。
 二階建ての屋上だから、見える景色はたかが知れている。駐車場に佐和子のメタリック・ブルーのクーペはなかった。
 ふと、人の気配を感じてふり返った。
 誰もいなかったけれど、空気のかたまりがはっきりと見えた。そしてゆっくりと、ぼくのほうに近づいてくるのがわかった。ぼくの右腕の時計だけが、カチカチと音をたてている。風はまだ止まない。
 だんだんと空気のかたまりに色がつきはじめるにつれて、あのときの少女だということが、ぼくにはすぐわかった。
 雨の日が大好きな、いや「大好きだった」、あの少女だ。
 伏し目がちで、いつもどこを見ているのかわからなくて──ぼくはそれがすこし怖かったのだ──何とも言えない陰鬱な笑みを頬にたたえていた、あの透明な瞳をもつ少女「凪(しずか)」は、どんよりと曇った寒空の下、今日はしっかりとぼくを見ていた。
 やわらかな笑顔だった。まるで、生きているみたいに──。
 気がつくと凪はもう、手を伸ばせば触れられるほど近くに立っていたけれど、ぼくは震える指先を動かすことはできなかった。
 そう、ぼくは怯えていたのだ。凪を死の淵へと追いやったのは、紛れもなく、このぼくだったのだから!




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『分解』
▲ by Lemon_Kuno | 2005-07-09 22:57 | ■[fragments of prose]
2005年 07月 05日

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 そのとき僕は、ひどく腹が減っていたらしい。マーガリンがたっぷりと塗られた食パンを三枚重ねて、袋にも入れずにつかんだまま、日比谷線に揺られていた。いったいどこで買ってきたのだろう。何故か全く思い出せないが、そんなことよりも空腹を満たすことが先決だった。第一、僕はどうして日比谷線に乗っているのだろう。食パンを持って?

 トーストしていない食パンというのは、どうしてこうも食べにくいんだ、と必要以上に憤慨しながら、一枚目の嚥下が済まないうちから、二枚目を口に押し込んだ。
 しかし、終点の北千住が近づいたことを告げる濁声のアナウンスが流れてきたときにはまだ、二枚目の固くなった「耳」と格闘していた。どうやら間に合わなかったようだ。
「あれ? この電車、東武伊勢崎線直通じゃないのか」
 急いで食べなければと慌てるほど、うまく喉を通らなくてイライラする。膝の上に乗っている最後の一枚をどうするか。「耳」は後回しにして中央の白い部分だけくり抜いて口に押し込もうかと思ったが、周囲の乗客に行儀の悪さを咎められるような気がした。地下鉄の車内でパンを食べている時点で、じゅうぶん行儀が悪いということには、何故か思い至らなかった。
「仕方がない、これは乗り換えてから食べよう」
 もぐもぐと呟くうちに、北千住駅に到着したが、うっかり立ち上がったので、膝の上の三枚目は無惨にも床に落ちてしまった。足下など気に留めずに出口へと急ぐ人たちが、次から次へと三枚目の食パンを踏みつけていく。あんまりだ──僕は思った。容赦なく踏みつけられ黒ずんだ三枚目の食パンは、やがて聡明さの欠片もない女の子の赤いピンヒールに串刺しにされて五メートルほど引きずられた挙げ句、電車とホームの隙間に吸い込まれてしまった。
 あんまりだ。
 そして僕は、急激に食パンへの興味を失った。もはやどうでも良い。




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『運命権』
▲ by Lemon_Kuno | 2005-07-05 14:59 | ■[fragments of prose]
2005年 07月 04日

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 それは、あまりにも呆気ない幕切れだった。

 「あなたの気持ちにまで、あたしが責任とらなきゃいけないの? どうして?」

 プラスチックのように冷たい声で、純子はそんなふうに言った。
 責任とかそういうんじゃないんだと思うけど、と僕は半ばしどろもどろになりながら答えた。しかしよく考えてみると、無責任だと罵ったのは僕のほうだった。
 ともかくも、僕たちはこれで何もかもすべて終わったらしい。
 こんなふうに言ってしまうのはそれこそ無責任かもしれないけれど、僕はまるで夢を見ているかのように、直面している現実にリアリティというものを全く感じなかった。

 僕たちはよく手をつないで歩いた。だから僕の左手にはまだ純子の右手のぬくもりがはっきりと残っていたし、でも同時にまた、僕の右手には最期の瞬間に純子の頬をぴしりと打ったときの鈍い痛みも残っていた。
 そんな感触を深く胸に刻み込んだまま、僕は、コンドームを付けてセックスをするように、いいかげんに世の中と関わることに決めた。リアリティなどというものは、僕にはもう必要ないのだ。なぜならぼくは純子を失ったのだし、現在の僕にとってそれは、全世界から拒絶されることと等しいからだ。

 そして純子は、僕を愛してなどいなかったのだ。

 屈託のない微笑みの中には、明け方近くに道端を汚す反吐か何かを見るときのような目があって、僕を侮蔑しながら眺めていた。やがて微笑みも侮蔑もどこかに消え失せて埴輪のような無感動な表情に変わると、僕から視線を逸らし、何事もなかったかのように女友達と流行歌手の話題などを姦しく語らいながら立ち去って行ったのだ。

 純子の残忍さ──目を堅く閉じて刃物を振り回すような「無意識」という名の怖ろしい罪悪──は、無垢な処女だけに許された特権の行使にすぎないのかもしれない。
 しかし僕はそれに傷ついた。確かに、傷ついたのだ。
 それを愚かしいことと片づけるのは容易い。けれども僕の傷が癒えるどころかその深さを増し、どす黒い夥しい量の血が傷口から流れ続けるのを、誰も止められはしないのだ。




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『寂寥』
▲ by Lemon_Kuno | 2005-07-04 04:33 | ■[fragments of prose]
2005年 07月 03日

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 博美と初めて会ったのは数年前、春雨がぱらぱらと降る土曜日の午後だった。文芸部の溜まり場になっている酒好きな村井助教授の研究室で、暇を持て余した部員たちが埒のあかない文学論や愚にもつかない恋愛話に興じていた。その日は、季刊の同人誌を編集するための新学期最初の集まりだったのだが、寄稿予定だった部員(博美のことだ)から遅刻するとの一報が入り、だらだらと皆で原稿を待っていたのだ。
 僕は、久しぶりの参加で知らない顔も多く、議論に加わるのも億劫だったので、部屋の隅で宮本輝の『錦繍』を読んでいた。慣れない書簡体と周囲の騒々しさとで、なかなか内容が頭に入ってこなかった。
「今日、原稿を持ってくる予定になってるのは博美ちゃんといって、やたらと乳の大きい少女のイラストを描く女の子なんだよ」
 向かいに座っていた友人の吉富が、読書からも無駄話からも取り残されてしまっている僕に声をかけた。
〈やたらと乳の大きい〉という語がかかっているのはイラストなのか女の子なのか。どちらにも受け取れる言い回しだったが、恐らくはイラストだろう、と僕は思った。吉富は生きた女の乳、それも同年代の女子大生の乳なんかには興味がないはずだった。何故だかは解らないが、彼はそういう人間なのだ。
「そんなのが文芸部のテイストに合うのかな」
 と僕は儀礼的に言ったが、この文芸部の同人誌なら、そんなイラストも違和感など全くないのは判っていた。発足当初は児童文学や絵本の愛好者が集まっていたのだが、吉富が、極めて下品なエロ漫画を同人誌に寄稿してから雲行きが怪しくなってきた。「文芸」を極端に拡大解釈した挙げ句、正統派の児童文学とその評論が中心だった同人誌には、ファンタジーとは到底呼べない二流SF小説や、児童文学をどう曲解したのか児童が変態男に陵辱される漫画や、路地裏の壁の落書きと大差のないレベルの卑猥なイラストや、ロールプレイングゲームの物語を土台にして好き勝手に練り上げた続編や、思い入れだけが先走りして誰にも受け容れられないであろう恋愛のポエムや、その他諸々の低次元の原稿とそれらを執筆する〈オタク〉的要素の強い人間が怒濤の勢いで押し寄せ、部としての目的と方向性を完全に見失ってしまったのだ。これはもはや文芸部などという上等なシロモノではなかった。でもそれなら文芸って何だろう?

「教室では上履きに履き替えるか、土足を許可するか──。この問題は〈人それぞれ〉とか〈個人の自由〉とかでは済ませちゃいけないんだよ。各自が好きなようにしたら、校舎の中は泥だらけ。結局、損をするのは〈上履き派〉だけなんだからね。それでも我慢して上履きを履き続けるか、土足で校舎内に入ることを自分に許すか。〈上履き派〉だけが決断を迫られることになるんだ」
 吉富はかつて得意気にそう語り、自らの漫画作品の題材にも採用したが、それでは彼の寄稿した下品なエロ漫画は、果たして〈土足で校舎内を歩くこと〉ではないのか。図らずも、彼は〈上履き派〉たる児童文学を蹴散らす先駆者となってしまったのではないか。
 僕はそんなことも思ったのだが、面倒なので黙っていた。もはや文芸部は、大半の部員が〈土足派〉なのだ。そうでなければ〈靴底に泥の付いてしまった上履き〉でぺたぺたと歩き回り、自分だけは頑張っているのだと思いたがっている思慮の浅い善人だけだ。僕はどちらに属するのだろう? あるいは、童話に出てくる蝙蝠みたいな存在かもしれない。
 ともかく博美を待とう。彼女がやってくれば、吉富の言う〈やたらと乳の大きい〉の被修飾語が何か、はっきりするはずだ。少なくとも僕は生きた女の乳には興味があった。




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『運命権』
▲ by Lemon_Kuno | 2005-07-03 03:01 | ■[fragments of prose]
2005年 07月 03日

新カテゴリ[fragments of prose]について。

 今まで「くのまとぺ」にアップしてきた作品群は、どちらかと言えば「詩」に近いものでした。連作という形式をとることで、ひとつの短編小説のように、ある程度の「心理的な物語」を構築しようと試みてきました。もっとも、最近では、そのまとまりに属さない、あるいは、まだ属するべき連作のイメージが完成していないものを[GET BACK]というカテゴリに押し込んで、ごまかしていましたが(笑)。
 これからしばらく書いてみようと思っているものは、今までとは逆のパターン。カテゴリは[fragments of prose]。英語的に正しいかどうかはともかく「散文の断片」です。このカテゴリも『 』ではなく[ ]で括られているのでお判りかと思いますが、連作のタイトルではなく、暫定的な居場所です。それどころか、ひとつひとつの作品ですら「完結したモノ」ではありません。

 久野檸檬は、詩人ではありません。いや、詩も書いていますが、小説も書いています。これからアップしていく「散文の断片」は、既に書き上がっている作品、書きかけの作品、これから書こうとしている作品、などの一部です。つまり、この部分だけ読んでも、全体像は掴めません。あくまでも「断片」ですから。
 それなら「連載小説のように展開していくのかな」と、思われるかもしれませんが、続きません(笑)。あくまでも「断片」ですから(しつこいですね)。

 ここ「くのまとぺ」は、左上の説明の通り「久野檸檬による言葉の羅列」なので、完結しなくてもいいではないか、と、開き直りました。僕が羅列した言葉の群れ。それが「作品」などと呼べる段階まで昇華されていなくても、僕から生まれた言葉の一部であることには何ら変わりはないし、それでも、日記(一般のブログ)のように、現実を綴ったものとは違う、という今までのスタンスにも、また、変わりはありません。
 でも、闇雲に小説の一部を抜き出しただけでは、もちろん意味がないので、ある程度、まとまった行数は書く予定ですし、同じ小説の別の箇所を、いくつか書く場合もあるとは思います。そして、完結はしていなくても、その部分だけを読んで、何かを感じてもらえるのではないか、と考えています。

 恐らく、最後(いつが最後なのでしょう。笑)まで読んでも、ひとつの小説作品の全部をここに書くことはないと思います。「久野檸檬の小説が読みたい」と思われる奇特な方が、いらっしゃるかどうかは判りませんが、もしいらっしゃったとしても、ここでそれを読むのは不可能だと思ってください。

 これは、ある種、実験でもあるし、賭けでもあります。久野檸檬は、あくまでも「現実をさらけ出す人間」ではなく「作品を書く人間」でありたいし、大きな森、あるいは木の幹、だけでなく、枝葉だけでも、読み手の心の中に何かを残せる創り手でありたい。適当に小出しにしたり、書きかけを誤魔化すためではなく、僕が「精神」と「日本語」と「技巧」を、どういうふうに融合させようとしているか、を、知ってもらいたいのです。精神だけが僕ではない。作品だけが僕ではない。日常だけが僕ではない。経験だけが僕ではない。消しゴムのように生きる久野檸檬と、消しゴムの消しカスのような「散文の断片」。

 読んでもらえたら、幸いです。
▲ by Lemon_Kuno | 2005-07-03 02:31 | □解 説
2005年 07月 01日

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 仕事を終えて部屋に戻ると、留守番電話に伝言が残っていることを示す赤いランプが点滅していた。
 僕は、室内灯のスイッチよりも前に、闇に瞬くボタンを押す。電話はいつものようにテキパキと自分の仕事をこなし「一件です」という無機質な案内と発信音の後、女性の押し殺したような声を再生した。

 ふざけたマネするんじゃないよ。まじめに生きろ。

 その声には全く心当たりがなかったが、声の真剣さから考えると、イタズラ電話とは考えにくかった。それに僕は、留守を知らせるメッセージの最初に、自分の声で名乗っているのだから、間違い電話でもないはずだ。

 何より僕が奇妙に感じたのは、そのメッセージがあまりにも現在の僕にとってタイムリーでリアルな内容だったからだ。

 僕は自殺を計画していた。「計画」などという冷静なものではないかもしれないけれど、とにかく逃げ場がどこにもなく、死ぬより他に良い方策が見当たらなかったのだ。
 しかし、そんな計画を見透かされたかのような、不気味なメッセージを暗闇で耳にして、僕はどうしたらいいか判らなくなってしまった。

 誰なんだ、この女性は。




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(plot)
▲ by Lemon_Kuno | 2005-07-01 18:27 | ■[fragments of prose]
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